Mai Soli Column

「自分の性を好きになれる世界に」を掲げ、セクシャル・ウェルネスを真正面から見つめ直す。岩川龍之介さん(Playrie Inc. 代表・性教育認定講師)

「性病にかかった」というと「遊び人」のレッテルを貼られたり、「自業自得」と言われたり、冷ややかな対応をされるか、からかわれるのが関の山だ。「できれば秘密にしておきたい」という人の方が多いだろう。しかし、岩川龍之介さんは、性感染症をきっかけに「性」そのものをタブー視し、問題を根本解決しようとしない風潮に疑問を感じ、自分が性感染症にかかったことを包み隠さず公表し、性教育認定講師の資格まで取得。大学を休学してPlayrie Inc. を立ち上げ、日本における性のタブーをなくそうと、性教育の推進に取り組んでいる。同時に、SNSや出会い系サイト、マッチングアプリなどの影響で、「相手の素性がわからない出会い」が増えたことで起こりうるトラブルを予防する「SEX LICENSE」の開発を行なう。インフラとして普及させるにはどうしたらいいか、試行錯誤の真っ最中だ。


男性側からの性教育は
ポジティブな部分と
ネガティブな部分の両方がある


 岩川さんは性感染症や性教育の啓蒙活動の一環として、ハロウィンやクリスマスなど、男女の出会いが多くなるイベントの時期などに街頭でコンドームを配る活動をしている。「性教育は女性が行なっているイメージが強いので、男の僕がやっているとあまり真面目にやっていると思われない」と苦笑する岩川さんだが、配っているコンドームはすべて自己資金で購入。性感染症の撲滅と性教育の推進を大真面目に本気で取り組んでいることが伝わってくる。

岩川龍之介さん:男性側からの性教育はポジティブだなと思ったことと、ネガティブだなと思ったことが両方あって。ネガティブなのは、男が配るということで、異性には身構えられることもあるということ。でも、現状ではどうしてこういう活動をしているのか説明する機会を与えられることも多いので、説明をしたら「真面目に活動している人なんだ」と理解してもらえますし、説明の機会があれば、むしろ男性がそういうことを行っているというのはポジティブに捉えられることのほうが多いです。女性と話をすると、女性がコンドームを持っているというだけで、遊んでいるイメージになってしまうこともあるという話をする人もいます。そういうイメージも払拭していかないといけませんよね。

 性に対して興味を持たないセクシャリティの人を除けば、ある一定の年齢になれば、交際しているかどうかに関わらず性的接触の機会を持つことは誰にでもある。さらに、性的接触を持てば男女ともに性感染症に罹患するリスクがあり、女性なら妊娠という一生を左右しかねないことも起こりうる。

 こういったリスクもありながら、人間の性欲は、食欲、睡眠欲と並ぶ、生理的欲求であり、健康とも密接に関わっている。だからこそ、岩川さんは、自分が性感染症にかかったことを友人に告げたときに返された言葉に疑問を持った。

岩川龍之介さん:「遊ぶお前が悪い」と言われまして。お互いが合意のもと、生理的欲求を満たすことが、なぜ「悪い」いうことになるんだろうと疑問が湧いて。自分自身、相手の女性を傷つけるようなことはしていませんし、避妊に関してもすごく気をつけていました。対策をとっていたわけだから、自分は悪くないと思ったんですよ。
 性的接触というのは多くの人が行うことではあるし、それ自体を恥じるべきではない。理不尽さも感じて怒りが湧きましたし、実は、すごく怖いことだなと。僕の場合は薬を飲めば治るクラミジアでしたが、HIVや梅毒だったら命を落とす可能性もあります。でも、人間から性欲がなくならない以上、性的接触もなくならないですよね。じゃあ、性に対して正しい知識を普及し、タブーがなくなるよう、世の中を変えていくためにどうしたらいいのか……そう考えたら、何をやるのが正解かはわからないけど、性に関して、社会をよりよくする事業がやりたいと思うようになってPlayrieを立ち上げました。同時に一般社団法人「日本思春期学会」という団体が認定している性教育認定講師の資格も取得しました。

 性感染症や妊娠など性行為に伴うリスクは女性のほうが高いという思い込みがあるが、性感染症だけでいえば罹患リスクは男性も同じである。にもかかわらず、男性はそのリスクに関しては意外と無頓着。それどころか性感染症にかかった事実を勲章のように語る人すらいる風潮もある。しかし、岩川さんが言うように、「男性は妊娠をしないから」と無防備に性行為を行うことは危険なことだ。これは性教育の一環として、すべての人に教えるべきことであるし、男性がコンドームの携帯や装着を自ら進んで行う環境が徹底すれば、性感染症のみならず望まない妊娠も減るだろう。また、性教育によって男性側の知識や理解が進めば、女性がコンドームを持っていても「遊び人」と思われず、女性側からも避妊をしてほしいことが言い出しやすい空気にもなるだろう。

岩川龍之介さん:おっしゃる通りで、実際、男性は性感染症対策には無頓着だと思います。僕の周りの人に話を聞いていても、例えばこういう性病を防ぐような取り組みをしたいという話をしても、女性は実感を持って聞いてくれるんですよ。でも、男は「性病をもらったら、もらった時に考える」くらいの感じなんです。

 病気をもらった人が差別の対象になるようなことはもちろんあってはならないので、飲み会の席で性病にかかったことが笑い話になる世界は、それはそれでいいのかもしれない。病院へ行って、ちゃんと治療さえしたら落ち込むようなことでもないと思うし、別に笑い話にしてもいいとは思うんですけど、そこにルールは必要だと思うんです。

 僕らは性をオープンにしたいということではなく、ルールを持ってお互いに傷つくことなく楽しめるような世界にしていきたいんですよ。男女ともに正しい知識を持つことは必要ですし、気をつけましょうと言いたいですよね。

▲街頭でコンドーム付きの啓発パンフレットの配布活動をする岩川氏(写真提供/岩川龍之介)


顔の見えない出会いが増えたことで起こる
性の課題を解決するインフラを開発中


 実はここ最近、日本国内で梅毒が再流行しているというニュースを見た。岩川さんは、ニュースになる前からこの事実に注目。 

岩川龍之介さん:実は梅毒の報告数って、日本では一度撲滅しかけたんじゃないかというくらい減少して、年間数百件くらいまで落ち込んでいたんです。それが、2013年くらいからグッと伸び始めているんですね。コロナ禍で人との接触が減ったことで、一時は減少したようですが、また元の増加ペースに戻っています。一番少なかった時期に比べて12~13倍くらい。

 じゃあ、なぜこのタイミングが増え出したかということなんですけど、おそらくいろんな要因があって。梅毒が増え始めた頃に何があったかというと、相関関係はさだかではないものの、ハロウィンで人が集まる文化が広まったのと同じくらいのタイミングです。そこからだんだん増えている。実際にハロウィンのあとは、病院に性病検査を受けにくる人が増えるらしいです。

 ちょうど梅毒が急増した2013年は、ハロウィンだけでなく、スマートフォンが広まりSNSなどでの「顔の見えない出会い」が急増。さらに、国家的にインバウンドの推進をした結果、外国からの観光客も増えた時期と重なる。しかし、コロナ禍でインバウンドが制限されても、感染者数はそこまで減少していないところを見ると、撲滅しかけた梅毒が息を吹き返し、国内に浸透していると考えていいだろう。不倫によって家庭内感染なども起こり、知らない間に感染している例もあるようだ。妊娠時に感染すれば、母子感染が起こり胎児が先天梅毒のみならず、流産や死産の可能性も。

 梅毒は粘膜同士の接触で感染するため、コンドームを着けていても完全には防げない。また症状が現れるのに時間がかかるため、感染していることに気づかず、知らないうちに感染を広げてしまう。また、治療を受けなければ最終的に死に至る。

岩川龍之介さん:梅毒だけでなく、性感染症は他にもありますよね。今の時代、マッチングアプリに登録しなくても、出会い系サイトに行かなくても、TwitterやInstagramでも顔の見えない出会いがあるんですよ。身近にもInstagramで出会って付き合い始めた人がいますが、そういう顔の見えない出会いが一般的になってきている。

 その中で、病気の有無はもちろんですが、ちゃんとした性の知識を持っている人かどうか……例えば正しい避妊の方法を知っているか、あるいは暴力をふるう人かどうか、何もわからないわけですよ。そこで、「性」という文脈において、ちゃんとしていないと性行為ができないようなツールを作ってしまうのはどうだろうと考えはじめました。

 冒頭にも書いたように、岩川さんは現役の大学生。もともとITを専門に学んでいたため、顔の見えない出会いであっても、お互いの安全性を担保するためのデジタル証明「SEX LICENSE」の開発を思いつく。

岩川龍之介さん:「SEX LICENSE」は、性という文脈において、その人物が安全であることを証明するようなサービスを作ろうとしているんです。免許を持っていれば安全なんだということであれば、みんなちゃんと使ってくれるだろうし、出会い系やSNSで知り合っても、その証明書を持ってない人とは会わないという選択ができるようになります。そうすれば、みんなが正しい知識を身につけようとするし、性暴力などの悪いこともしないだろうし、検査もちゃんとする……多くの人が、そんなモチベーションにならないかなということで。

 まさに、コロナ禍、海外で導入されていた「ワクチンパスポート」のようなイメージだ。

岩川龍之介さん:そう思ってもらっていいです。Tinderという出会い系アプリではワクチン接種済というバッヂをつけられるんですね。自己申告なんですけど。そんな感じで、この人はこの基準を満たしていますよということを「SEX LICENSE」から情報として提供して、連携して、この人はちゃんとライセンスを持っていて、こういうステイタスだから安全という信用情報として使ってもらえたらなと思ってます。SEXをより安全なものにするため、性感染症検査や相互評価の履歴を残し、リテラシーの向上をサポートする「SEXの免許証サービス」のようなものになったらいいなと思っています。

一番原始的な人同士の違い
「男女の違い」が受け入れられたら
他の違いも受け入れられるようになる


 「SEX LICENSE」はまだ開発中で、運用は少し先になりそうだが、このサービスを信用度を持って使ってもらうために行っているのが、先ほど紹介したようなコンドームの配布など啓発活動だ。コンドームの配布は大人たちへの性教育の啓発だが、最近は、家庭内で大人から子どもに性教育ができるようなハンドブックを作成しているという。

岩川龍之介さん:大人と子供の性教育ってレイヤーがまったく違うと思う。大人に対しては、今持っていない知識を教える、知ってもらう。子供に対しては、無垢なうちに知識をつけて、それを常識にしてしまうということですよね。僕らPlayrie Inc. では、両方をやっていきたいと思っています。

 直近で作っているハンドブックは、性教育を学んできていない大人のレイヤーと、これから性教育を学ぶ子供のレイヤーがあるとして、その両方のレイヤーをつなぐものだと思うんです。大人は子供に性教育をしたいと思っても、学んできていないから、教え方がわからない。じゃあ、子供に教えていくためにはどうしたらいいんだろう? という意思はあるし、関心もある。大事なのはわかってるけど、やり方がわからないという人たちに向けたハンドブックを目指しています。

コンドームを自ら配るだけでなく、啓発クイズとともに自由に持っていけるように各所に設置する取り組みも。(写真提供/岩川龍之介)


 ちなみに、岩川さんは現在25歳。「寝た子を起こすな」「過激である」という理由で、学校の性教育で中学を卒業するまで具体的な性行為や避妊することを教えない「はどめ規定」が導入されたのが1998年のこと。小学校、中学校、高校と、はどめ規定がある中で過ごしてきたため、まともに性教育を受けた記憶がないという。

岩川龍之介さん:実感を持って言えるのは、課題感を持って人にいろいろ教えようとしたときに、「俺って性教育受けてないな」となりました。あれが「はどめ規定」だったのかと、自分で性教育の勉強をしはじめてからわかりました。保健体育の授業では、精子と卵子が云々というのは少しありましたね。あとは海外のビデオで、擬人化された精子たちが谷越え山越え卵子に出会って受精するという映像を見た記憶。でも、僕らの周りのスタートアップ界隈にいる同世代の中にはまともな性教育を受けている人もいるんです。性教育は学校単位なので、教えられる人がいるかいないかというところで違うんですよ。

 多様性の観点でいうと、一番原始的な人同士の違いというのは男女の違いだと思うんですね。それを教えるのが性教育。まずそれを知って受け入れることができれば、他の違いも受け入れられるようになると思うんですよ。今いわれる多様性も受け入れられる世界になるんじゃないかと思うんですよね。

 Playrie Inc. では「自分の性を好きになれる世界に」を謳っています。どんな人を好きになろうが、どんな風に性をオープンにしようが、性やパートナーシップという観点で、自分がどうありたいかなんて、その人意外にはわからないし、誰にも邪魔されるべきではないと思っています。

 性の問題に正面から向き合っている岩川さん。日本は性産業で溢れかえっているのに、性教育の啓発はビジネスに結びつけるのがなかなか難しいというのが課題でもあるという。性教育は大切なこと、必要なこと、それはわかっているのに、蓋をされがちな状況をなんとか打開したい。そんな熱い思いがあふれるインタビューだった。

構成・文:大橋美貴子  人物写真:金山裕一郎


Profile

岩川龍之介(いわかわ・りゅうのすけ)

Playrie Inc. 代表・性教育認定講師。1997年、福岡県田川市出身。九州大学 芸術工学部 芸術設計学科在学中。大学ではWebサービスの開発やデザインを学び、性感染症の拡大に関するシミレーションを研究。NOVIGO(現NOVIGO Pharma株式会社)にて1年間ピッチや渉外、法務および薬事を担当。多くのビジネスコンテストの受賞や政府系助成金への採択などに尽力。その後、メドメイン株式会社にて設立初期より3年間、Chief, Legal and Finance Sectionとして法務、営業支援、薬事などの業務を行った。自身がマッチングアプリを介した出会いの中でクラミジアに罹患し、性感染症をはじめとする性に関する社会課題を感じたことから2020年12月にPlayrie Inc. を設立。

Playrie Inc. https://www.playrie.com

岩川龍之介Twitter https://twitter.com/Ryuno_Iwakawa


おっぱい展のオープニングトークイベントでは岩川龍之介さんがご登壇!

オトナの性教育座談会「性教育はタブーですか?」

開催日 7月30日(土)

受付開始:17:00

開催:17:30~19:00

参加費:無料(入場料別500円)

【登壇者】おっぱい展代表・現代アーティスト タナカナミ

Cosmos共同代表・性教育講師 橋本阿姫

Playrie.Inc代表・性教育認定講師 岩川龍之介

【モデレーター】文筆家 大橋美貴子

企画:Think Of US Project

↓チケット申し込みは↓

https://peatix.com/event/3258830

※ Think Of US Projectインスタアカウントより一部ライブ配信あり

0コメント

  • 1000 / 1000