「日本に必要なのは、生殖が中心の性教育ではなく、 人権やコミュニケーションまで教える包括的性教育」 橋本阿姫さん(性教育講師・Cosmos共同代表)
性教育=生きる教育
地方から性のタブーを変革
日本の性教育は世界と比較して相当の遅れをとっている。例えば、デンマークの性教育は4歳からスタートし、自分や他者を大切にすることなど、人権教育から徐々に知識を積み上げ、その中の一部として生殖に関しての教育があり、更年期までもカバーをする。しかし、日本では小学校高学年で、多くの女の子が初潮を迎える頃にいきなり性教育がはじまる。最近では、これを見直そうとする動きも徐々に広がりつつあり、国際基準の性教育を学んでいる性教育講師も増えてきた。今回紹介する橋本阿姫さんもその一人だ。
橋本阿姫さん:日本では急に性教育がはじまりますよね。性教育は、性教育がスタートしたあとの内容と積み重ねが大事ですが、海外と日本ではスタートも違いますし、積み重ねもありません。「点」でしか教えないんですね。
私が性教育に大切だと思ってるのは、人権教育、安全教育、コミュニケーション教育、健康教育の4本柱で、健康教育の中に生殖の話をポイントとして入れています。日本の性教育は、その生殖の部分にしかスポットが当たらず、生殖にしか性教育が結びついていないんです。今、日本に必要な理想の性教育は、人権教育とコミュニケーション教育なんですよ。そして、そこに繋がる性被害に合わないためのインターネットやSNSの使い方を教える安全教育も大切です。
「性教育=生きるを学ぶこと」これをもっと伝えていきたいと思います。
人権教育やコミュニケーション教育がまさか性教育に繋がっているとは思ってもいなかったという人も多いかもしれない。
自分が受けた性教育を思い出しても、女子だけが教室に残され、男子は校庭でサッカーやドッジボールをしている中、生理の話に少し生殖の話が追加されたようなものだった。中学や高校時代には、保健体育で第二次性徴期について少し触れる程度で、性教育の授業があったかどうかは、ほとんど記憶にない。避妊や性病については教えられた覚えすらない。これでは正しい知識が広まるどころか、突然、「困った性の問題」に遭遇し、混乱するばかりだろう。
阿姫さんの講義では、いきなり生殖の話や生理の話をするようなことはない。
橋本阿姫さん:講義のベースにあるのは、個人個人が自分を好きになって、自分を大切にすることができれば、相手のことも大切にできるということです。例えば、ふれあいには段階がありますよね。目を見る、その次に手を繋ぐ、肩を組む、抱き合う、顔を近づける、その後にやっとキスや性行為……性行為の前にも、服を脱いで一緒に抱き合うなどのステップがあります。小学3〜4年生の講義を例に出しますが、「勝手に手を繋ぐのは、いいことかな? 悪いことかな? 相手の気持ちを聞く必要あるかな?」「顔を近づけるのは同意は必要かな?」と、友達間、パートナー間でも相手に近づくにはステップがあることをまず教えます。
ふれあいの最後には性行為がありますが、「じゃあ、性行為ってなんだろう? 男女の性器はどうなっているの?」 という流れで話しを進めます。
私たちがこの世に性を受け、自分が自分としてくる確率は「1,400兆分の1」と言われているんですね。これは、一生のうちに排出される精子と卵子の数、出産できる期間などから割り出した確率です。世の中のひとりひとりが、それだけ奇跡のような確率で生まれていて、あなたもその一人だし、あなたの命はすごく大切なもので、それは今、隣にいる人も同じだよと。自分や周りの人の尊さを理解し、大切にできるようになる、そこが講義の〆になります。これらは、NPO法人「せいしとらんし熊本」で学んだ内容を取り入れています。
講義の内容は、その時どきで変わりますが、たいていは1回におさめます。理想は、1年に一回か半年に1回程度のスタンスで、継続的に積み重ねていきたいですが、継続して行える環境や仕組みがないので、そこは今後の課題です。
阿姫さんが教えるような国際基準の性教育を幼いうちから積み重ねることができれば、自分を大切に思うこと、弱者を思いやる気持ち、恋人だけではなく友人とのコミュニケーションを円滑にするなど、まずは人間関係において大切なことが身につく。その上で、男女の体の違い、生理や妊娠について、避妊の仕方、性病の予防などを学ぶことで、望まない妊娠を防ぐだけでなく、望むときに妊娠ができる状態にすることもできる。
すなわち、包括的性教育で自分の体を大切にすることを学べば、自分の身体や健康を守ることはもちろん、自分の人生プランを自分で決め、自分でデザインすることにもつながるということだ。
さらに、彼女は、古い慣習にとらわれやすく、性をタブー視する風潮が強い地方にこそ性教育が必要であると考え、地方を中心に性教育を推進することに力を入れている。
橋本阿姫さん:私が地方にこだわる理由は、自分自身が兵庫県の山奥の出身だからなんですね。周りは山、川、畑に囲まれ、遊ぶのは田んぼで鬼ごっこみたいな環境で育ち、三世代同居の家庭も多く、性の話がタブーは当たり前。私も祖母と同居していましたが、もちろん性の話は一切できませんでした。三世代家庭は特に祖父母の価値観が強く、初潮がきたらお赤飯を炊いてお祝いしましょう、生理のショーツは父や兄には見せないように洗って干してましょう、女の子はお料理やお裁縫ができるようになりましょうと、「女の子なんだから……」という環境です。
地方には、「男だから」「女だから」という無意識の思い込みや偏見も強く、なおかつ、噂の広がり方も都会とは違う怖さがあり、性のことで悩んでも誰にも相談できない空気があると阿姫さんは言う。
橋本阿姫さん:例えば性のことを友達と話したり、もし妊娠をしたりしたら、その友達がそれを親に伝えて、「●●地区の▲▲さんの娘さんが、こんな話をしてたらしいわよ」と、その親から噂が広まってしまうんです。これでは、都市部に比べて他に居場所を見つけにくいですよね。地方の中学生・高校生は地域の学校が社会生活のすべてになります。噂が広がると学校はもちろん、その地域での生活もしづらくなります。そのような地方独特の、地域の繋がりの強さがある環境だと、性の話題や、妊娠したかもしれないという話は、家族はもちろん、友達にすら話せない。そうすると相談ができず、孤立してしまいますね。
その中で、メリットでもありデメリットでもあるのが、スマホやパソコンです。今は、そこから情報を得ることができるから、完全に孤立はしないのですが、そこには間違った情報もたくさん上がっている。自分で精査して選別しなければいけないのに、精査するための正しい情報をそもそも知らなければ最悪の状況を招きかねません。性に関して間違った情報だけを得て、孤立しやすい状況というのが地方にはあるので、そこを問題視していますし、地方にこそ、正しい性教育の必要性を感じます。
厚生労働省が発表している2020年の10代の人工妊娠中絶件数は11058件。都道府県別の10代の人口と人工妊娠中絶件数の割合を算出してみたところ、10代での人口妊娠中絶の割合が多かった都道府県の順位は、1位・福井県、2位・東京都、3位・沖縄県、4位・福岡県、5位・高知県と、圧倒的に地方が上位という結果だった。こういった状況を踏まえても、地方に性のタブーをなくし、阿姫さんが行うような、包括的性教育を浸透させることは急務と言えるだろう。
橋本阿姫さん:地方では、「都市部の子には性教育は必要かもしれないけど、田舎の子はそういうことにウブだから、変に情報を与えない方がいい」というような反応が多いです。でも、私は「そうじゃない」と思うんです。さらに「地方には地方の方法がある。だから、そこをもう少し模索してほしい」と言われました。「与えないで欲しい」という中で、どうやって包括的な性教育を浸透させるか、私も模索している最中です。
先ほどの地方の話とは真逆なのですが、ありがたいことに、親は性教育に関して抵抗なく応援してくれています。親が教育関係者なので、成長過程における性教育の大切さを理解してくれているのだと思います。そういった親の理解と協力を得て、自分の故郷で、地方の学校での性教育が実現できそうです。
ジェンダーレスコンドームをきっかけに
性教育だけでなく多様性の大切さも伝える
実は阿姫さんには、性教育を啓蒙する一貫として行うもう一つの活動がある。国際協力NGO「ジョイセフ」の活動の中で知り合った古川さくらさんと共にセクシャルウェルネスブランド「Cosmos」を立ち上げ、ジェンダーレスコンドームケースを販売している。ブランドの立ち上げにおいて行っていたクラウドファンディングでは175%を達成。彼女たちが行う啓蒙活動への関心の高さがうかがえる。
橋本阿姫さん:大学4年のときに、個人的にコンドームケースを作りたいと思い先生に話をしたら「持っていたとしても、使う環境になったときに『使って』と言える勇気と行動が必要なのであって、ただ持っていても意味がないし、需要もない」と、バッサリ切られて。そこで心が折れて、あきらめていたんですが、その話をさくらにすると、「それはおかしい」と。「コンドームケースを持つだけでも違うし、『持つ』という行動ができたら、次のステップにも繋がるから、まずは作ってみよう」と。
性の健康にジェンダーは関係ないので、誰もが持てるものを追求しました。クラウドファンディングのときは、支援者の25%が男性だったのですが、販売するようになってからの購入者は、男性が75%と増え、ジェンダーに関係なく注目してくださっていると感じています。購入していただいた方からも、「ナチュラルにコンドームが携帯できて、紳士になれるようなものを探していました」という声をいただきました。
「ジェンダーレスコンドームケースをきっかけに、性教育をもっと広めていきたいですね」という阿姫さんですが、同時に「多様性」についての啓蒙も行う。
橋本阿姫さん: 先日も高校生向けのオンライン講座にも講師で呼んでいただいたのですが、多様性をテーマに、自分と相手の共通点と自分らしさについてお話ししました。どうしても自分と異なるジェンダーや国籍の方を、自分とはまったく異なる人のように見てしまいがちです。でも、そうではなく「自分らしく過ごしていること」や、「一緒にいたい人と一緒にいること」は共通しているのではないでしょうか。ジェンダーや国籍が異なるだけであって、自分らしく過ごしていることは同じですし、その自分らしさが多様性ですよね。
包括的な性教育を広める講師も多いですが、その中で海外経験がある講師は少なく感じます。海外で性の多様性を感じてきたからこそ、人権や多様性の面でも実体験から伝えることができ、性教育の4つの柱「人権教育、安全教育、コミュニケーション教育、健康教育」をカバーできるのだと感じています。
現在の日本の学習指導要領には、高校生になるまでは性行為や避妊など、生殖においての直接的なことは教えないことを記した「はどめ規定」というものがある。これによって、教育現場では、性教育自体に消極的になってしまいやすい空気があり、性教育の遅れにも繋がっている。だからこそ、学習指導要領によって萎縮しやすい現場の教師に代わり、外部の性教育講師の存在が重要になってくる。阿姫さんのように国際基準の包括的な性教育が行える講師が教育現場に入ることで、日本の性教育が進化し、多様性を受け入れられる土壌ができていくのではないだろうか。
橋本阿姫さん:私は性のタブーをなくしたいと思っていますが、なんでもオープンにしたらいいとは思っていないんです。正直、私自身も、そんなに友達に自分の性について赤裸々に話すタイプではないです。性教育をしたからといって、性行為を推奨するものでもありません。そのバランスが難しいところですが、やはり、「性教育=生教育」と伝えてゆき、包括的な性教育が日本に浸透することで、性に関しての悩みを持つ人が一人でも減ったらいいなと思います。
Profile
橋本阿姫(はしもと・あき)
性教育講師、Cosmos共同代表。兵庫県加東市出身。大阪府立大学にて、福祉視点よりセクシャルヘルス、性教育を学ぶ。卒業と同時にニュージーランドへ渡り、女性支援活動を行う。海外で多文化共生を経験したことで多様性の重要性に改めて気づき、帰国後は、セクシャルウェルネスブランドCosmosの共同代表として、ジェンダーレスコンドームケース制作に注力。ジェンダーレスコンドームケース販売のクラウドファンディングでは175%を達成する。同時にNPO法人「せいしとらんし熊本」にて性教育講師として実践的教育方法を習得。大学在学中に得た性教育の知識と合わせ、従来の「生殖」を中心とした性教育とはひと味違う、世界基準の包括的な性教育を行う講師として活動する。
性教育クラス C+ https://cpluscosmos.wixsite.com/cplus
Cosmosオフィシャルインスタグラム https://www.instagram.com/__cosmosofficial/
●ジェンダーレスコンドームケース(Cosmos)
スライド開閉の蓋は紛失の心配もなく、片手でもスマートに開けやすい。面取りがしてあるので手にも馴染み、木製のため中身も見えない。コンドームを持ち運んだり保管するだけでなく、ピルケースやアクセサリーケースとしても使える。
4250円(税込)
詳細・ご購入はこちら→https://femma-official.com/products/cosmos-condom-case
構成・文:大橋美貴子 写真:金山裕一郎(橋本阿姫さん) イラスト:すずきさえこ
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